奈良上街道

奈良上街道の元となる上ツ道(かみつみち)は 古代日本における官道のひとつで 奈良盆地を南北に縦断するため
飛鳥時代の6世紀後半から7世紀(奈良時代)にかけ整備された古道である 南北に延びる官道としては 最も東側に
位置したことから上ツ道と呼ばれる(東が上となる) 同様に南北に縦断する中ツ道 下ツ道とほぼ等間隔で
平行するが 櫟井(イチイ)付近から北は山麓部となるため 現在直線道路の痕跡は残っていない
天理市佐保庄町から桜井市にかけては ほぼ直線となり痕跡がよく残っているが その道筋を北へ延長していくと
現在奈良町と称される 外京東南角五條大路と東七坊大路の交差地からさらに東へずれ 東紀寺3丁目交差点付近が
上ツ道の起点となる その道路幅は発掘調査により幅員43mと推定され 桜井では「山田道」と接続し飛鳥方面にも
続いていたとされる しかし延暦13年(794)の平安遷都以降は使用されることが次第に少なくなり 維持管理が
放棄されたと考えられ もはや官道としては機能しなくなった 代わって中世・仏教信仰の広まりとともに寺院への
参拝道として賑わうようになり 近世にはその道筋の一部区間が山麓部より西側にずれるが 古道をなぞるように
奈良・櫟本・丹波市・三輪・桜井といった町を結ぶ街道として機能し 奈良から三輪明神・長谷寺・室生寺への
参詣道としても賑わった また大坂・京都・奈良からの伊勢神宮参詣道の一部として発達し 伊勢街道とも呼ばれた
現在の幹線道路では国道169号線に相当するが 奈良町(柳生街道・暗越奈良街道・京街道起点)から国道と並行し
または交差しながら旧街道は南へと延びる なお奈良町と呼ばれる地域は実在せず 餅飯殿商店街と今御門商店街を
中心とした地域を指す もちいどの通りは東六坊大路の跡である
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奈良県天理市櫟本町 道標が建つ上街道と北横大路の交差辻