智頭往来

一般的に言われる因幡街道とは 播磨国・姫路の青山から因幡国・鳥取城大手橋に至る街道を指す
しかし姫路から佐用までは出雲街道を併用するためと 同じく姫路を起点とし若桜を経由して 鳥取城の
大手橋に至る街道の内 觜崎(はしざき)宿の東に位置する追分から戸倉峠までを因幡街道と呼んでいたため
佐用・鳥取間を智頭往来(智頭往還)または上方往来と呼びならわしていた 因幡街道は戸倉峠より西を
八東往来・若桜往来とも呼び 若桜宿東で氷ノ山越の伊勢道(但馬道)とに分かれていた
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姫路市青山の出雲街道起点と山陽道
出雲街道起点は西国道(山陽道)現:姫路市青山1丁目12-11に立つ道標を起点とし
飾西(しきさい)宿・觜崎(はしざき)宿・千本宿・三日月宿に至り 現:佐用町横坂の
県道547号横坂南光線と国道373号線の交差点が智頭往来の起点となると思われる 智頭往来(因幡街道)を
取り上げるWebサイトの多くが佐用坂峠を街道としているが 私は賛同出来ない なぜなら佐用坂峠には
旧街道の痕跡が全くないのと 佐用宿と平福宿が近接しすぎていると感じるからである 私と同意見と
思われるWebサイトは「歩低山のぶらり街道ある記」である 旧智頭往来(西栗栖〜平福)の記載によれば
林崎より太田井橋を渡り右折300m先の三叉路を左にとって 佐用ゴルフ倶楽部の西側を越えるとあり
「国道373号線と合流するところに道標が立て掛けてある。下に小さな石を挟んで安定させてある。
何とかならないものだろうか? 正面:右 あか不 金ひら(赤穂 金毘羅) 左 ひめち いせ 道
左面:右 いなば(因幡)左 つやま(津山)右面:弘化三丙午年 弘化3年(1847)だが、
“道”の字が現在の字になっていた。」と 道標の画像も添えられている 数日間の佐用坂における私の
疑問や悩みが一度に解決した 旧版地図(明治30年)で確かめなくてはならないが(私見である・地図参照)
千種川を渡る橋も現在の太田井橋よりも北にあったとのではないかと思われる この横坂の追分を南にとれば
およそ2.3kmで出雲路佐用宿へ入り 佐用宿より西へ約5kmで上月の赤穂街道との分岐に至る
また横坂から3kmで智頭往来平福宿(佐用町)に入り 平福宿を過ぎれば
釜坂峠・大原宿・志戸坂峠・坂根宿・駒帰宿・智頭宿・用瀬宿・河原宿を経て鳥取城下へと至る
<地図>出雲街道三日月宿〜智頭追分