大切なのは住環境

家を借りる時は「何処に住むか」が重要な要素となり 家を建てる時は「何処に住むか」よりも
「どのような家に住むか」が重要な要素となってしまう それは宅地そのものが経済的にも又供給源としても
選択肢があまりにも狭いからだと思う 因って 「どこに住むか」かが困難な課題となってしまい
その分だけ「どのような家に住もうか」が知らず知らず重要な要素となってしまう
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しかし考えてみれば「何処に住むか」が いかに大切なことかは周知のことである
手前勝手な条件を言えば 自然が豊かな田舎であっても 不便な場所よりも 少しは便利な場所であって欲しい
緑が豊富であっても ライフ・ラインが完備していること つまり水道も電気も電話も必要だ
車での移動は不可欠であっても 買い物には不自由したくない 病院にも近いほうがよい
隣近所やご町内がいい人たちばかりであって欲しい でもプライバシーは確保したい等々
結局のところ矛盾に満ちた「我が儘ねだり」となる
しかし世の中にはこんな手前勝手が実現してしまう所だってあるから不思議である
それらの条件が叶う土地があった 放置された茶園である
梨園とゴルフ場が眼下に展開する緩い南斜面は一日中日当たりよく 目の前に見渡す範囲に人家はない
集落からは300m程離れていて しかも見えない場所 取付道路は人が通らない私道 豊かな自然環境
借地可能な畑もある 星空も美しく景色も見晴らしもよく 総合病院にもスーパーにも近い
高速道路のICからたった15分で来られる それが今の所 しかしこの条件にしても過疎化の進む集落である
今日に至るまで この茶畑に家を建てようなど考えた村人はいない為 気に入るとは予想外とのことであった
変った人たちだと囁かれたのも事実だが 価値観の相違は当然のこと 聞き流しておくことである

しかし なぜこんなに自然が豊かで便利なところが 過疎にあえぐのか不思議な気がするが
村を抱える地方都市そのものが 過疎化に陥っているのだから仕方ないのかも知れない
仕事も少ないから福岡や大阪へと若い人たちは出ていくし 村から出て町中で暮らす若者もいる
こういう所に限って「都会に出ていく者は拒まず 都会から来る者は猜疑心によって拒む」ので
より過疎化に拍車がかかる まずはもったいないと言う他はない

後に分かった事だが その頃問題になっていた「オーム真理教の信者でサティアンを建てるのだ」という
噂が出ていたらしい 地山に作られた基礎を見て 地下トンネルを掘っているとか 丸太柱を見て
サティアンだと勘違いしたらしい しかし二回ほど村人との交流を持ち気持ちを伝える努力をし
また長年放置されてきた茶畑を 自力で切り開くことを条件として 一応地主の許可を得ることができた
約半年の間 茶畑に通い詰め 切り開く作業に没頭した 助太刀を買ってくれた友人もいたので助かった
おかげでチェーンソーや草刈り機も使える様にもなった