「ステンショ」または「ステンション」について

「ステンショ」とは 文明開化の明治初期<Station=ステイション>の明確な和訳語がなかった時代に
関西地方を中心に使われた 現在の鉄道駅を表す言葉で 外国人が話す言葉をそのまま音訳した言葉と思われる
現在使われる「ステイション」や「ステーション」より英語の発音に近い いわゆる「車夫英語」である
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明治5年(1872)10月14日 日本初の鉄道路線である新橋−横浜駅間が正式に開通を迎えた
開業した駅は 新橋・品川・川崎・鶴見・神奈川・横浜の6駅であった 日本初の鉄道開業において
現在「駅」と称される 英語の<Station>の和訳が無かった時代 いち早く関西地方では<Station>を
音訳で表現する「ステンショ」や「ステンション」などと呼んだ これが全国に伝播したが
その後関東では英語の綴りから「ステイション・ステーション・ステイーシヨヲン」などと表記され呼ばれ
その他 北海道・東北・九州では日本語で「停車ば」「てんしゃば」と呼び 伊勢地方では「てんしょ」
「てんしょば」など関西の呼称が訛った形で表現され 統一された和訳の日本語が皆無であった
上掲の 明治14年に小林清親が新橋駅を描いた浮世絵では「新橋ステンション」となっている
近年の研究では 明治10年代後半から「停車場(ば)」という言葉が 正式な訳語となったとされている
明治41年に書かれた石川啄木の歌集には「停車場」という言葉がしばしば出てくる
しかし一方 一般庶民の利用者を主体に 古代律令時代から使われていた街道の「宿場・宿駅」を言い表す
「驛=駅」が使われるようになった 「駅」とは訓読みで「うまや」といい 古くは街道の「馬つなぎ場」を表す
「駅」は 古代中国の律令制にならい 国内に官道を張り巡らせて各地の連絡を図るため
主に情報伝達に使われた馬の 給餌や乗り換えの便宜を図るための施設であった
これら古代の駅伝制による「駅」の制度は 平安時代末期の律令制の弛緩及び政事以外の 主に徒歩による
「人」の往来が発展するに伴い衰退し 「駅」という言葉も「宿」「宿場」などに取って代わられた
しかし制度による利便性は後々まで引き継がれ 江戸時代の五街道制度にも生かされている
現在もリレー形式の長距離走を「駅伝」と呼ぶのは 駅から駅までを伝えるという駅伝制が源である
鉄道の発達に伴い明治中頃には街道の「駅」はその地位を失い
鉄道の「駅」を中心に人々が集るようになり 宿場を指して「駅」とは言わなくなった
昭和11年 用語の混乱を避けるため 鉄道省が職制規約を改正し「駅」と「停車場」との呼び分けを明確にした
駅とは人の乗降や貨物の積み降ろしをする場所のみを表し
信号場や駅・操車場を含む列車が停車する場所を統括する用語として「停車場」を用いるとした
英語の<Station>の語源は「<stat>立つ(立ち止まる)」と「<ion>所(場)」の合成語である
<Station=駅>の他には <Terminal=線路の両端に位置する駅または各路線が複合する始点・終点駅>
<Stop=駅舎や建物・屋根のない停留所>などに分かれ表現されている